多摩丘陵の古道と硬化面……1 町田市野津田の丘の古道跡
多摩丘陵の古道と硬化面……2 野津田の華厳院坂掘割状遺構…1. 2. 3
多摩丘陵町田市小山田の代官坂 晩秋の七国山・落葉の絨毯
多摩丘陵・町田市小山田の古道地図

小野路町下堤の掘割道
町田市小野路町下堤に鎌倉街道と伝わる掘割道が今も残されています。全長で約200メートルが昔のままの姿で竹林の中を通っています。この道の北の高地には7方向から道が集まる三社大権現があり、更にその北側には古戦場伝承地も存在しています。この掘割道は南へ野津田町綾部原遺跡内を通り、薬師池公園の東へ抜け、本町田付近で鎌倉街道上道に合流していたと考えられています。

七国山古道跡
上の写真は町田市七国山北側の道です。この掘割状の道は七国峠へ向かう推定鎌倉街道上道本路です。道の路面は人・馬・車の通行量が多かったことを想像させるほどに大変硬く締まっています。

七国山古道跡
推定鎌倉街道上道本路の西側尾根上には地元の人達が鎌倉街道という別の掘割道が途中から本路と並行して通っています。上の写真がその道です。こちらの道幅は本路の半分位ですが掘割の形態がとても美しい道です。そしてこちらの道の崩れた壁面には所々に硬化層に似た大変に硬い土を見ることができます。

七国山古道跡
上の写真は硬化層に似た土を撮影したものです。硬化した土は苔が付きやすいようで、この苔の付いた土を指で押してみるとまるで石のように硬くなっています。この硬い土は壁面の中間より上部に見られ、この土が道路硬化層だとした場合、かっての道路面は現在よりも高い位置にあったものと思われます。現在見られる掘割道は後の時代に削られてできたものなのかも知れません。

七国山古道跡
二本の古道が並行して通っている七国山の北側尾根付近を注意深く観察してみると、更にその西側斜面には上の写真のような道路痕跡を思わせる窪地や段差が確認されます。この写真のところでは三本の道があった可能性も考えられ、本道とそれに並行する掘割道を含めると五本の道が並列していたことになります。また写真の場所よりも七国山の山頂寄り現道の東側山斜面の一段高いところにも道が通っていることを今回確認することができました。このように道が何本も並列して通っていた跡が確認できる場所は鎌倉街道と古代道が重複するところでよく見られるのです。

多摩市唐木田と町田市小山田の境の鎌倉道

多摩市唐木田の大妻女子大と清掃工場から東京ガス整圧所付近まで、かっては尾根が続いていたといいます。古道研究者の宮田太郎氏の説明によると、この間は現在の空中に古道ルートがあったということです。その消滅してしまった古道の続きが一部だけ小山田のゴルフ場脇の道に残っています。上の写真がその古道跡で、この道はここから北の京王堀ノ内駅付近を通り日野市の平山城方面への鎌倉道であったそうです。

多摩市唐木田と町田市小山田の境の鎌倉道
小山田のゴルフ場脇の鎌倉道跡には道脇壁面に写真の硬化層を見ることができます。この硬化層は宮田太郎氏が指摘されておられます。苔が付いた土は指で押してみると大変硬いことがわかります。また自然堆積の土と違って練りこまれたような感じの土です。
町田市の小山田のゴルフ場内には奥州廃道と呼ばれる古い道も通っていて、ゴルフ場内にはその奥州廃道の硬化層も見ることができると宮田氏は語られています。

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