教訓・責任なき戦い

いにしえに思う その他(一般)

大変に暑かった夏も終わり、速いもので10月になりました。これも異常気象の影響なのでしょうか、立て続けに台風が日本に上陸や接近をしています。

先月、「戦争と人間」という映画のDVDをみました。1970年代前半の作品で 五味川純平原作 山本薩夫監督 のものです。
何故この映画を見たかといいますと、今年の8月15日にNHKで放送された「ノモンハン 責任なき戦い」というのも見たことが切っ欠です。

「戦争と人間」という映画も確かノモンハンの戦闘シーンがあったことを僅かに覚えていたのです。DVDは3枚あり、それぞれが3時間近くあり合計9時間近くある超大作であります。

ブログ作者も若い頃にこの映画をテレビなどで拝見したことがありましたが、やたらと血だらけの顔が出てきたり、むごい暴力の表現はヤクザ映画のようで大変見苦しくこの映画は好きではありませんでした。

この映画の解説等は他に沢山のサイトがありますのでそちらを参照してください。

大ざっぱなあらすじは、昭和初期に日本軍が中国大陸で活動しているときに起きた事件や事変について、それらにかかわった人々の人間模様を描いたものです。新興財閥の伍代一族(架空)は関東軍の参謀たちと関係を持ち満州での財閥拡大を狙っていたという内容です。人間の欲望とはどうしようも無いもので悲しいものです。この映画は途中で打ち切りになったようで、映画の内容も後味の悪さだけが残ってしまいました。

ノモンハンのことが気になり今回改めて、この映画のDVDを借りて見てみましたが、映画の内容は歴史を細かく捉えていて中々の大作であると新たに気が付きました。また多彩なキャストの顔ぶれの豪華さを感じつつ、この中で現在生きている人は誰だろうと思ったりもしました。

悪役の鴨田駒次郎を演じた三國連太郎さんは近年亡くなられているし、今年亡くなられた加藤剛さんも出演しています。加藤さんといえば大岡越前やNHK大河ドラマ「風と雲と虹と」で平将門を演じられていたことがブログ作者には印象に残っていました。

映画の感想はといいますと、日本軍はこの映画のように非人道的なことを本当にしたのだろうか、ブログ作者は日本陸軍が残虐行為をしたとかしないとかの結論よりも、戦争という行為がこのように非人道的な物で悲惨なものであるということをあらためて実感させられたものです。

現在は、この映画の描かれた時代(昭和初期)から80年近く過ぎています。その当時の世界情勢や外交問題は現在と大夫違いますので、現在では当時のように簡単に戦争を行うことはないと思いますが、ともかく、戦争行為そのものは絶対に避けなければいけないものだと考えています。ノモンハン戦場地の見渡す限り平原で何もないところで、日本とソ連は双方で何万人もの犠牲者をだしました。現在からほんの80年程前に日本もこんな戦争(殺し合い)をやっていたのかと、何ともいえない気持ちになりました。

NHKの「ノモンハン 責任なき戦い」でも語れていたように、「天皇の意向さえ空にし、独断で行動する関東軍と、それを止められない参謀本部。実力組織である陸軍の曖昧な意思決定が結果として多くの兵士の命を奪い、国を危うくさせていった。」

部下に責任者を押しつけ自決に追い込む姿は、この国の負の部分で惨たらしいところでありブログ作者が嫌いな部分です。

「生きて虜囚の辱を受けず、死して罪禍の汚名を残すこと勿れ」これはよくいわれる戦争当時に軍人・民間人へ示された「戦陣訓」の中の言葉ですが、これをどう捉えるかは人それぞれだと思いますが、玉砕や自決などを促したともいわれる部分でもあり、意見は慎重になりますが、武士道の主君に対する絶対的服従と忠誠の基本的理念を捉えたものなのか、或いはそうでないのかブログ作者にはわかりませ。

さてこの映画を見た現在の若物はどの様に捉え感じているのでしょうか。例のごとくネット検索で映画の評価を見ると、史実との相違や映画価値の有無に関する記事が沢山ありました。意外だったことは反戦映画というよりプロパガンダとして解釈し書かれた記事です。映画作成当時の世の中の風潮とでもいいますか、共産主義に染められた映画などというのが結構目立ちます。そんな記事を見ると現在の若者は昭和40年代頃の学生運動をご存じなのだろうかと考えてしまいます。ブルジョアジーとかプロレタリアートなどという言葉を知っているのだろうか、と。

それにしても最近はネットの記事を閲覧すると、やたらと対立する記事の多さには平行しています。この記事はどんな人間(人間達)が書いたか確かめてからでないと信用できないものが大変に多いことです。保守とか革新とか、右翼とか左翼とか、またリベラルの概念の曖昧さはマスメディアなどの無責任さなのか、情けなくなることがあります。

現在の若者に限ったことではないと思いますが頼れる政治家がいないということは、困った世の中です。変わらない方がいい、本当にそう思いますか。現在の実情を理解すればこのまま変わらなければ将来は大変なことになると思います。若者さんに問いたい、貴方たちの未来は貴方たちが変えずに誰が変えられるいうのでしょう。

幕末から明治維新にかけての傑物の中には、薩長側の人物以外にも幕府側の優れた人達もいました。その当時、この国を変えなければいけないと日本の行く末を真剣に考えていた人達がいたように。

現代人は自分のことしか考えない利己主義が増えたようで、この先が心配です。

ブログ作者が生まれたときから変わらない、日本の夏(8月)は、これがあるから暗いイメージが付きまとう。反面で終戦記念日や原爆投下日を知らない人がいうのも、何か信じられないです。冗談ならともかく、本当に知らない人がいるなら、それは大人の無関心と無責任なのでしょうか。
そんなことではチコちゃんに叱られしまいます。…何それ!!??。

そもそも靖国神社へ参拝することをああだこうだ言うこの国の現在の姿は何がいけないのでしょうか。これもまたネットで検索してみると様々な記事があることがわかります。靖国神社に祀られている英霊に敬意を払い参拝を正当化する記事、はたまた靖国神社そのもの存在や成り立ちを批判する記事、これら記事は我々素人にはどちらを信じればよいのか全く迷ってしまいそうです。とにかく最近ネットで調べ物をしていると、この記事は信用出来るのか出来ないのか悩んでしまうことが多く困っています。

慰安婦問題、南京大虐殺、こんな言葉が今も尚、議論されるのは好きではありません。
何故個人や国は敵をつくろうとするのか。そんな敵を付けている暇は無いと思います。
隣国同士にもかかわらず過去の責任のなすり合いだけでは未来への平和な建設は無いと思うのですが。

日本という国の歴史を顧みていると、この国の良さと、その反面の嫌いな部分が見えてきます。
日本は風土や文化など美しい国です。よく言われる物作(造)り技術は大変優れた国だと思います。礼儀作法も他の国には無い独特なものがあります。ただこの国には長い歴史から引き継がれているブログ作者の嫌いなものがあります。その嫌いなものは何か。「ノモンハン 責任なき戦い」そこに尽きるものがあります。

それは現在でも社会問題として議論を呼んでいるものです。スポーツ界の不祥事、公文書改ざん、いじめ問題、貧困格差、ブラック企業・サービス残業、女性やマイノリティー者の差別、などなど、

この国から、これを無くしていきたい、つくづく感じる今日この頃でした。
それで、無くしたいのなら何をすれば良いのか。まずはこの記事を読んでくれたあなたの中にある負の遺産と戦うことです。


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